法律よりも強い、土の論理


法律は、人間社会を秩序づけるためにある。
境界を定め、行為を制限し、責任を明確にする。
だが、人間の歴史は何度も示してきた。
法律が通用しない領域がある。
それが、土である。
法律は命令形だ。
「禁止する」「管理する」「統制する」。
しかし土は、命令を理解しない。
・化学肥料を与えよ
・収量を最大化せよ
・単一作物を植え続けよ
そう命じられた土は、最初は従う。
だが、ある時点で必ず応答をやめる。
それが
・地力の低下
・水保持力の喪失
・病害の増加
・干ばつと洪水の同時発生
という形で現れる。
これは反抗ではない。
物理と生態の必然である。
国家は法律で多くのことを止められる。
・作物の栽培
・流通
・取引
・表現
しかし、
土中の菌の働きは止められない。
水の移動も、根の伸長も、
法令では管理できない。
たとえ禁止されても、
土は条件が整えば再び生き始める。
近代国家は、自然をこう理解した。
・分解できる
・管理できる
・数値化できる
この思想のもとで、
農業は工業化され、
土は「生産装置」として扱われた。
だが土は装置ではない。
複雑で、不可逆で、関係性の塊だ。
土が壊れるとき、
最初に壊れるのは作物ではない。
・制度
・計画
・予測
が壊れる。
法律は「こうなるはずだ」という
前提条件の上に書かれている。
だが土がその前提を拒否すると、
法律は空文化する。
麻(ヘンプ)は、
この「土の論理」を最もわかりやすく示した存在だ。
どれほど規制され、
どれほど誤解され、
どれほど排除されても、
条件さえ整えば、麻は育つ。
・深く根を張り
・菌を呼び
・土をほぐし
・水を戻す
これは思想ではない。
生態の結果だ。
麻が示したのは、
「禁止できない回復」が存在するという事実だ。
・法律は作物を縛れる
・市場は価格を縛れる
だが、
土が再生する条件そのものは縛れない。
菌が増え、
有機物が戻り、
水が巡れば、
回復は静かに始まる。
国家が恐れるのは、
反抗ではない。
制御できない合理性だ。
土の論理は
・嘘をつかない
・忖度しない
・延期を許さない
間違った管理は、
必ず時間差で結果を返す。
法律は改正できる。
政策も方向転換できる。
しかし土は、
「その間」も反応し続ける。
・失われた有機物
・切断された菌糸
・流出した表土
それらは、
簡単には戻らない。
最終的に勝つのは、法律ではない。
土の論理である。
人間は
ルールを作れるが、
自然の前提条件は作れない。
干ばつも、洪水も、
そのすべては
「土の論理を無視した結果」だ。
だから、
どんな政策よりも先に問うべきことは一つ。
そのやり方は、土に通用するのか。
Sign in to your account