上に立つことでしか、生きられなかった人-勝ったはずなのに、立ち続けていた

塔に住む人の話

その人は、
いつからかに住むようになった。

塔は高く、
窓からは遠くまで見渡せる。
人の影は小さく、
声は届かない。

ここにいれば、
迷う必要がなかった。

塔に登る階段は、
一段一段が狭かった。

「正しい段」
「間違えない段」
「勝った段」

落ちないように、
足元だけを見て上ってきた。

振り返る余裕はなかった。

塔の上には、
同じ高さの床はない。

少しでも油断すると、
誰かが自分より
低い位置に見えてしまう。

だからこの人は、
いつも確認する。

まだ自分は上にいるか
誰かが追いついていないか

確認は、
この人の呼吸になった。

時々、
塔の下から人が来る。

その人は、
違う靴を履いている。

歩きやすそうな靴。
土の匂いがする靴。

塔の人は、
なぜか落ち着かない。

だから言う。

その靴は危ない
こっちの靴の方がいい

それは忠告でも
親切でもあった。

少なくとも、
そう思いたかった。

だが、
その人は靴を履き替えない。

塔の外へ、
静かに歩いていく。

見上げることも、
見下ろすこともない。

その背中を見たとき、
塔の人の胸に
小さな風が吹く。

もし
塔に登らなくても
歩けたのだとしたら

その考えは、
すぐに追い払われる。

考えるには、
ここは高すぎた。

夜になると、
塔はよく軋む。

風が吹くたび、
石が鳴る。

誰も来ない夜ほど、
音は大きく聞こえる。

塔の人は、
声を出す。

足音を立てる。
物を動かす。

音がある限り、
自分はここにいる。

だがある日、
塔の下に人影が
なくなった。

誰も来ない。
誰も見ない。

見下ろす相手がいないと、
高さは意味を失う。

塔は、
ただの細い柱になる。

その人は、
初めて気づく。

ここには
床がない。

立ち続けるしかない場所だと。

降りる階段は、
今もそこにある。

だが、
降りるということは
今までの段を
「必要なかった」と
認めることになる。

それは
怖い。

それでも、
もし降りる日が来るなら。

その人は
地面に立つ。

高さも
低さもない場所。

誰の靴も
咎められない場所。

塔を見上げたとき、
それが
小さく見えたなら、

その人は
ようやく
立っているのだろう。