タイが描く「麻の未来」──王室主導で進む新たな経済作物戦略

かつて「価値の低い在来植物」とみなされてきた麻が、いま再び脚光を浴びている。人類が1万年以上前から食用・薬用として栽培してきた最古の植物の一つが、王室の支援と科学的研究によって、タイ経済の新たな成長ドライバーに変わろうとしている。

麻とマリファナ──人類最古のパートナー

麻とマリファナは、人類史において最も長い付き合いを持つ植物の一つだ。村人たちは収穫した種子の一部を翌年の栽培に残し、衣食住に活用してきた。交配と改良を重ねた結果、麻は現在、世界で最も多様で複雑な植物種の一つに進化している。科学的にも麻と大麻は世界で最も研究が進んでいる植物だ。本書の著者、ウィーラチャイ・ナ・ナコーン氏は、タイ産麻の可能性に特に注目する。すべての部位が利用可能であり、農家にとって持続的な収益源になり得ると指摘する。将来的には大麻以上に重要な資源になるとの見方もある。

王室が開いた扉

転機は1999年。シリキット王妃(皇太后)が北部の山岳地帯を視察した際、伝統的に麻を織物に利用してきた少数民族が、麻を「違法な薬物」と同一視されることで苦境に陥っている現実に触れた。王妃は「文化的遺産としての麻」を守る必要性を訴え、経済作物化の方針を打ち出した。2004年には、王妃が「教育と麻栽培の推進が持続可能な未来を築く」と演説。国王陛下もこれを承認し、麻をタイの新しい経済作物と位置づける道が開かれた。翌2005年、内閣は国家経済社会開発委員会(NESDB)に麻振興策を指示。ロイヤル・プロジェクト財団や植物園機構、食品医薬品局、麻薬取締局など複数の政府機関が連携し、実験栽培や研究を開始した。

経済と環境へのインパクト

王室プロジェクトの影響は多方面に及んでいる。
  • 農家収入の増加と貧困削減
  • 麻製品による手工芸産業の活性化
  • 焼畑耕作の減少による森林保全
  • 山岳地域の持続的な経済基盤の確立
特に北部チェンマイやパヤオ、東北ピッサヌローク、西部タークでの試験栽培が進み、農家レベルでの実用化も現実味を帯びてきた。

次なる成長産業となるか

いまや麻は、単なる繊維作物ではない。医療、食品、建築資材、バイオマスエネルギーまで、多様な産業応用が期待されている。国際市場では、持続可能性と自然由来の素材への需要が拡大しており、タイ産麻はその潮流に乗るポジションを確立しつつある。シリキット王妃の先見性と王室の継続的支援が、麻を「過去の伝統」から「未来の戦略資産」へと押し上げた。タイは今、麻を通じて新しい経済と環境モデルを世界に示そうとしている。