なぜ偽教師は第4の話を避け、なぜキリストは偽教師だけに強い言葉を向けたのか


偽教師は、
愛を語らないわけではない。
むしろ、美しく語る。
だがそれは、
概念としての愛であり、
責任としての愛ではない。
第4とは、
共感、配慮、想像、引き受ける力。
つまり
関係の中で、重さを持つ力だ。
第4を語ると、
必ず問いが返ってくる。
・あなたは誰を守ったか
・力を持った時、誰の側に立ったか
・自分の正しさで、誰を傷つけたか
これは、
言葉では逃げられない。
だから偽教師は、
第4の話を避ける。
偽教師が使うのは、
第5(言葉)と
第6(理解)だ。
語れる
説明できる
導いているように見える
これらは
上下の構造があれば成立する。
教える者
教えられる者
目覚めた者
まだの者
しかし第4は、
この上下を壊す。
相手も人であり、
自分も未完成だと
気づかせてしまう。
だから第4は、
構造にとって都合が悪い。
ここで登場するのが
イエス・キリストだ。
イエスは、
罪人や弱い人に
強い言葉を向けなかった。
一緒に食べ、
話を聞き、
立ち上がる余地を残した。
では、なぜ
偽教師だけには
「災いだ」と言ったのか。
それは、
彼らが間違っていたからではない。
間違ったまま、人を導いていたからだ。
偽教師は、
知っている。
語れる。
正しいことを言う。
だが第4がない。
その結果、
正しさは裁きになり、
教えは支配になる。
重い荷を人に背負わせ、
自分は責任を負わない。
イエスが拒んだのは、
この構造そのものだった。
だから怒った。
怒りは感情ではない。
拒否と警告だった。
弱い人は、
壊れていても
人を導く立場にいない。
だが偽教師は、
神の名
正義
光
を使って、人を導く。
第4を失った導きは、
人を神から遠ざける。
だからイエスは、
最も強い言葉を使った。
それは
「お前が悪い」という非難ではなく、
「その道は破滅だ」という宣告だった。
・なぜ偽教師は第4を避けるのか
・なぜイエスは偽教師にだけ強かったのか
答えは同じだ。
第4は、
奪えず、
ごまかせず、
必ず生き方を問う力だから。
第4を語る者は、
自分も問われる。
第4を失った者ほど、
それを避け、
光や覚醒や正義を語りたがる。
宗教と哲学が
2000年以上、
繰り返してきた警告はこれだ。
愛を失った教えは、
最も人を壊す。
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