「もう十分やった」と言える人が強い理由


私たちはつい、
「まだ何かできたのではないか」
「自分が引けば、相手は困るのではないか」
と考えてしまう。
やさしい人ほど、
その問いを何度も自分に投げる。
でも、ここで一度、立ち止まって考えてみたい。
人を信じる力は、尊い。
機会を与えることも、支えることも、立派な行為だ。
ただし、
やさしさが結果の責任まで引き受ける必要はない。
ここまでは、こちらの選択。
その先で、
どう使うか、どう生きるかは、相手の選択だ。
この二つを混ぜてしまうと、
やさしさは重荷に変わる。
「もう十分やった」と言うと、
負けたように聞こえるかもしれない。
でも実際は、逆だ。
ただ、役割を正しい場所に戻しただけ。
それは逃げではなく、
現実を尊重した判断だ。
無理に背負い続けると、
人はだんだん、信じること自体が怖くなる。
「次は失敗したくない」
「もう誰も信じたくない」
そうなる前に、
手放す勇気が必要な時がある。
手放すことで、
それは、とても強い選択だ。
強い人は、冷たい人ではない。
強い人は、境界線を知っている人だ。
この線を引ける人だけが、
長く、やさしく、立ち続けられる。
「もう十分やった」と言える日は、
努力を否定する日ではない。
それは、
誠実に関わった自分を、
きちんと終わらせてあげる日
その一言が出せたなら、
あなたはもう、十分に強い。
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