“420フレンドリー”観光地としてのタイ──新しい旅のかたち

大麻と観光の新しい交差点

「大麻が吸える場所」ではなく、「大麻で世界観が変わる場所」へ──。2022年の非犯罪化以降、タイは東南アジアで唯一“420フレンドリー”を公に受け入れる国として、世界のバックパッカー、デジタルノマド、ウェルネス志向の旅行者たちの熱視線を浴びている。しかしそれは、単なる「吸える国」という魅力では終わらない。むしろ今、タイは“カンナビス・ツーリズム”を軸に、観光体験そのもののUX(体験価値)を再構築しようとしているのだ。特にポストパンデミック以降、“旅に意味を求める”トレンドが強まる中で、大麻は単なる娯楽ではなく、「心と身体の再接続ツール」として、新たな文脈を与えられている。

観光地の“カンナビス化”が加速する現場

タイ各地には、大麻ディスペンサリーに併設されたコワーキングスペース、CBDスパ、ジョイント片手に夕日を眺めるビーチラウンジ、大麻料理専門のヴィーガンレストラン、そして瞑想リトリート施設までが、次々と誕生している。チェンマイの山中では、少人数制の「マイクロドーズ×森林浴」体験が人気となり、プーケットの高級ヴィラでは「CBDオイル付きマッサージ&カクテル体験」が富裕層旅行者とインフルエンサーたちの注目を集めている。またバンコクでは、ナイトライフの中心地に“トークン型大麻体験”を提供するスタートアップも登場。NFT購入によって限定ラウンジや教育型セッションにアクセスできるという、Web3時代に対応したカンナビスツーリズムの先端事例だ。

国家ブランドの再定義としてのツーリズム政策

こうした潮流の背景にあるのは、観光収入の拡大という経済的目的だけではない。タイ政府観光庁(TAT)は明言している──「新しいタイ観光は、“健康・文化・自由”の三位一体である」。これはつまり、“大麻=リスク”から、“大麻=選択肢と価値創造”へと国家ブランドの軸を移す、政策的メッセージでもある。2024年からはカンナビスウェルネスをテーマにした体験型イベントや海外メディア誘致、医療大麻×ホスピタリティの連携強化が進行しており、従来のバックパッカー層だけでなく、ヘルスツーリズム市場全体をターゲットとする路線が明確になりつつある。

“自由”の裏に潜む課題と問い

もちろん課題も少なくない。現地住民との価値観の乖離、教育現場での規範形成、外国人観光客の乱用、公共空間での使用ルール未整備など、“自由”と“モラル”の調和は模索中の段階である。特に地方都市では、観光客向けの大麻ビジネスが急増する一方で、地域の合意形成や環境保護とのバランスが問われており、“持続可能なカンナビスツーリズム”の実現には、行政・事業者・住民による多面的な対話が不可欠だ。だが、だからこそ重要なのは「文化としての大麻観光」を育てていく時間と共創のプロセスであり、それは単なるツーリズムの次元を超えた、社会と意識の再設計そのものである。

旅先は“吸う場所”から“考える場所”へ

かつてビーチと寺院で知られたタイは、いま“深く吸って、深く考える場所”へと変貌を遂げている。大麻を吸うことが特別なのではない。大麻を通じて何を感じ、誰とつながり、どんな未来を描くか。吸うだけでは終わらない。「何を吸って、どう生きるか」──そんな問いを旅人に投げかける国。それが“420フレンドリー”を掲げた、いまのタイなのだ。