てんかん児に効いた“医療大麻”、世界では承認済み

科学と倫理が前進する国と、議論すらできない国のあいだで

発作を止めた“最後の選択肢”

アメリカ・フロリダ州。7歳の少女シャーロット・フィギは、重度のドラベ症候群と診断され、1日に数百回の発作に苦しんでいた。数十種類の抗てんかん薬も効果がなく、医師は「できることはもうない」と語った。そんな彼女の家族が最後に頼ったのが、大麻から抽出されたCBD(カンナビジオール)製剤だった。米国コロラド州の医師が監督のもとCBDオイルを投与したところ、シャーロットの発作は数週間のうちに劇的に減少。やがて日常生活に戻ることができたこのエピソードは、「シャーロットの奇跡」としてアメリカ中で報道され、大麻に対する医療的再評価を促す契機となった。この事例をはじめとした臨床データの蓄積により、アメリカ食品医薬品局(FDA)は2018年、難治性てんかんに対するCBD製剤「Epidiolex(エピディオレックス)」を正式に承認。その後、英国でも同製剤が国民保健サービス(NHS)で処方対象となり、**「CBDはてんかん治療における標準的選択肢の一つ」**という立ち位置を確立しつつある。

科学的エビデンスはすでに示されている

CBD製剤の有効性については、複数の二重盲検ランダム化比較試験で確認されている。2017年に発表された主要な臨床研究では、Epidiolexを投与された難治性てんかん患者の発作頻度が平均で39%減少したと報告された。特にドラベ症候群やレノックス・ガストー症候群の小児において、従来の薬では効果がなかったケースにおいても明確な改善がみられたという。また、副作用についても、眠気や食欲低下といった軽度なものが多く、乱用性・依存性のリスクは極めて低いことがWHOによっても明言されている。国連麻薬委員会も2020年、CBD製剤を国際的な規制物質リストから除外する決議を採択し、世界的な合法化への流れが加速した。

それでも日本では、処方できない

一方、日本では事情が大きく異なる。CBDそのものの輸入・販売は合法とされているが、「医療用」としての処方は厚生労働省の管轄下で制度上、事実上不可能である。CBDを医薬品として用いるには、日本国内での治験、承認申請、薬事審査という長いプロセスが必要だが、現在までにEpidiolexは未承認薬のまま。国内での臨床試験も極めて限られている。そのため、たとえ子どもがCBDで発作の軽減を期待できる医学的状態であっても、日本では正式な医療ルートでは処方できない。家族が個人輸入に踏み切れば、通関で微量のTHCが検出された場合、大麻取締法違反での逮捕リスクすらある。法に従えば選択肢がなく、選択すれば罪に問われる。これは、医療ではなく制度によって命の重みが左右されている状況である。

その“合理的な遅れ”に、誰が責任を持つのか?

医療大麻、とりわけ小児てんかんへのCBD使用は、単なる「薬の承認」の問題ではない。そこには、**科学と倫理、制度と現場の間に横たわる“更新されないままの日本社会の構造”**がある。国際的にみれば、医療大麻は「例外的な選択肢」から「限定的だが科学的に妥当な選択肢」へと移行している。英国、ドイツ、イスラエル、オーストラリア、カナダ。多くの国々が、**医療現場と法制度のあいだに“橋をかける努力”**をしてきた。日本にいま必要なのは、大麻の合法化ではなく、「科学的事実に基づいて議論できる医療制度」だ。たった一滴で、子どもの発作を止める可能性がある。その一滴を、法制度が押し戻してしまう社会に、私たちは生きている。