発達障害とCBD──集中力・不安軽減の報告は本当か?

科学が示し始めた「一滴の可能性」と、制度が置き去りにする現実

医学と家族のあいだに浮かぶ、“未承認の希望”

世界各地で、発達障害を抱える子どもたちへのCBD(カンナビジオール)の使用が静かに広がっている。CBDは大麻由来の成分でありながら、精神作用を持たないとされ、依存性もきわめて低い。この物質に、ASD(自閉症スペクトラム障害)やADHD(注意欠如・多動症)といった発達特性を持つ子どもたちの生活を変える可能性があるのではないかとする声が、いま医療と研究の領域で現実味を帯びつつある。

初めて視線が合った日──ノアとCBDの物語

アメリカ・カリフォルニア州在住のレベッカ・Mさんの8歳の息子ノアは、重度のASDと診断されていた。ノアは言葉を話さず、視線も合わず、1日に何度も癇癪を起こしていた。レベッカさんがCBDという選択肢を知ったのは、現地の小児神経科医からの勧めだった。医師の処方のもとでノアにCBDオイルを投与した初日、彼は母親の顔を見て小さく微笑んだ。レベッカさんは「8年間で初めて目が合った瞬間だった」と語る。その日を境に、ノアは徐々に落ち着きを見せるようになり、夜も穏やかに眠れるようになった。パニック発作は激減し、日中の行動にも一貫性が見られるようになったという。CBDによる効果はあくまで“症状の軽減”であり、根本的な治癒ではない。しかし、レベッカさんにとってそれは、息子との人生を少しでも分かち合える大きな転機だった。

欧州で示されたエビデンス──「意味のある変化」

このような報告は他にも存在しており、科学的な裏付けも少しずつ整ってきている。2025年、欧州精神医学会において発表された研究では、276人のASD児に対するCBDの効果を検証した複数の臨床データを統合分析した結果、社会的反応性の改善と破壊的行動の減少が統計的に有意な水準で確認された。とくに不安の軽減、睡眠の質の向上といった効果については、保護者の主観評価とも整合する報告が出ている。こうしたデータは、CBDがASD児のQOL(生活の質)に貢献する可能性を明確に示している。

ADHDへの応用は慎重に──研究途上の“予感”

一方、ADHDに関しては研究がまだ発展途上にある。いくつかの小規模な予備研究では、CBDを投与された子どもたちにおいて多動や衝動性の軽減が観察されたが、サンプル数が少なく、対照群との比較や長期的影響の確認が課題として残る。ADHDへのCBD応用は、科学的にも社会的にもまだ議論の余地が大きい領域だ。実際、CBDの効果を実感したというADHD児の保護者からの体験談は複数存在するが、それが臨床標準となるには、さらに大規模な検証と、慎重な安全性評価が求められる。

“安全”という言葉をどう定義するか──副作用と医療判断

CBDの副作用についても慎重な視点が必要だ。一般的には忍容性が高いとされており、ASDの子どもを対象とした研究でもプラセボ群との間に明確な有害事象の差は見られなかった。ただし、眠気、食欲低下、消化器の不調といった軽度の副作用が一部で報告されており、特に他の薬剤と併用する際には、肝機能への影響などを考慮する必要がある。自己判断での使用は推奨されず、あくまで医師の管理のもと、段階的に使用を開始することが重要だ。

日本の沈黙──“議論すらできない”制度の壁

残念ながら、日本ではCBDに関する医療的な議論は極めて限定的であり、ましてや子どもへの使用については制度も研究もほぼ存在していない。合法成分であるCBDですら、医師が処方をためらい、保護者が個人で輸入するしかないという現状がある。大麻という言葉への社会的忌避感が、科学的検証すら許さない土壌をつくってしまっている。

“子どもにCBD”という選択肢が問う、社会の成熟度

発達障害と向き合う家族にとって、CBDは“奇跡の薬”ではないかもしれない。だが、それが唯一、わが子の苦しみをやわらげ、親子としてのつながりを取り戻せる手段だとしたら──私たちはそれを、法や偏見という名の壁で拒み続けてよいのだろうか。CBDが新たな治療選択肢としての可能性をもつ以上、それを検証する責任は社会の側にある。医療者、研究者、政策立案者、そして読者自身が、子どもたちの未来に“余地”を残せるかどうかが問われている。