“普通の生活”を取り戻すために──医療大麻に希望を託す親たちの闘い

親が動かす政策。CBDを巡る市民アクティビズムと日本の制度的停滞

眠れぬ夜に、“違法”とされた一滴の光

「今日もまた、発作が始まるかもしれない──」娘の発作に備え、24時間神経を張り詰める母親の傍らには、瓶詰めされたCBDオイルがあった。海外では医師の処方で手に入るこの一滴が、日本では“違法薬物”とされている。世界ではすでに、難治性てんかんや自閉症スペクトラム障害(ASD)などに苦しむ子どもたちへのCBD医療利用が実用化されている。だが、日本ではその議論すら十分に進んでいない。いま、その“空白”を埋めるべく、親たちが声を上げ始めている。

市民が動かす医療政策──署名、請願、議員連携へ

2023年、日本のあるNPO団体が主導した「小児てんかん患者へのCBD医療承認を求める署名」は、2万筆以上を集めて厚生労働省に提出された。活動を支えるのは、医師でも研究者でもない、「我が子を助けたい」と願う普通の親たちだ。「厚労省が動く前に、親が動くしかなかった。選択肢がゼロなのは、あまりに残酷だ」とある発起人は語る。彼らは、ロビー活動の経験も法律の専門知識も持たない。だが、連携した国会議員とともに政策提言を重ね、複数の勉強会やCBD関連の公開ヒアリングを実現。着実に社会の“無関心”に風穴を開けつつある。

医療大麻をめぐる“制度的後進国”としての日本

子どもに対するCBD医療使用は、すでに欧米諸国では“例外”ではない。
  1. 米国:FDA承認済みのCBD医薬品(Epidiolex)が処方可能(てんかん対象)
  2. 英国:医師裁量によるCBD・THC処方が認められる(小児含む)
  3. オーストラリア:特別承認制度により、小児患者への使用事例あり
  4. タイ:国営CBDクリニックで発達障害児への処方が開始
一方、日本では医療大麻=事実上の全面禁止。輸入も困難であり、臨床試験もほとんど行われていない。「科学の問題ではなく、制度の問題だ」と語るのは、薬事行政に詳しい医療政策アドバイザーの一人。日本では、大麻取締法と厚労省のガイドラインが複雑に絡み合い、医療目的での例外運用すら困難な状況にある。

子どもたちの「未来の普通」を守るために

私たちが“普通の生活”と呼ぶもの── 眠ること、食べること、笑うこと、通学すること。それが叶わない子どもたちが、世界には数十万人単位で存在する。 CBDが、その生活の扉を開いた子も確かにいる。「違法性ではなく、治療効果を議論すべきだ」「未来の標準医療に向け、今こそ研究・法整備を始めるべきだ」そう主張する親たちの声は、いま国境を越えて届き始めている。

子ども医療への投資は“制度の更新”から始まる

日本がこの分野で取り残されないためには、制度的インフラの再設計が急務だ。単なる「大麻解禁」ではなく、“選択肢の解禁”としての医療大麻政策が必要である。官僚だけでなく、民間投資家、メディア、教育者、そして読者自身が、「声を持つ市民」として参加できる余地がある。日本で医療大麻を“語ることすらタブー”とされてきた時代は、すでに過去になりつつある。その未来をつくっているのは、意外にも、最も無力に見える存在──親たちなのだ。

政策提言──「選択肢の解禁」としての医療大麻政策を日本に

▶︎ なぜ今、制度改革が求められるのか?

日本は2023年末、改正大麻取締法において医療目的でのTHC使用の検討を始めた。しかし、その運用指針は未整備であり、特に小児を対象としたCBD・THCの使用に関するガイドラインは存在しない。現場の医師は処方の可否どころか、説明義務の範囲すら明示されないまま、“触れてはいけない領域”として忌避しているのが実情である。同時に、患者家族は違法性と倫理性の狭間で、苦悩を強いられている。この制度的空白は、倫理的に見ても法治国家として放置できないレベルにある。